サクソフォニスト・SumikaTujimotoさん(辻本純佳さん)の
CDや楽譜のデザインでは、
長く、繰り返し、ひとつの音の世界に関わらせていただいてきました。

CDジャケット、CD用ロゴ、ブックレット、楽譜、撮影。
媒体は変わっても、いつも考えていたのは同じことです。

音は、本来、目に見えません。
触れることも、留めておくこともできません。

けれど音楽には、確かに温度や距離や景色がある。
雨の気配、紙をめくるような静けさ、
夜空に広がる奥行き、
風が抜けていく一瞬の軽やかさ。

聴こえてくるのは音であっても、
受け取っているものは、もっと複合的な感覚なのだと思います。

このシリーズでは、
その見えない音の世界を、
ロゴ、装丁、紙、箔、構造へと置き換えていきました。



音を触れられる形にする


【思想】

一枚ごとにテーマは異なります。
辞書、雨、銀河、風、四重奏、森。

けれど、やっていることは一貫しています。

音そのものを説明するのではなく、
その音が立ち上がる空気や、
音の向こうにある景色を、
手に取れる物へ翻訳すること。

たとえば、
「音ノ辞書」では、音を“言の葉”として捉え、
「音ノ雨」では、一滴から広がる様々な雨の響きを、
「音ノ銀河」では、無限に巡る軌道や物語性を扱いました。

デザインは音楽の外側にあるものではなく、
その音楽を別の感覚で受け取るための入口でもある。

見えないものに輪郭を与え、
触れられないものに質感を与える。
そうした役割を、このシリーズの中で考え続けてきました。


【構造】

音ノシリーズでは、まずタイトルや楽曲の持つ核を見つけ、
そこから視覚のルールを立ち上げています。

「音ノ辞書」では、
辞書という主題から、索引や罫線、縦組み、
装丁としての静かな緊張感を借りました。
音を読む、引く、探す。
その行為そのものが、ジャケットの構造になっています。

「音ノ雨」では、
一滴が落ち、水面に波紋が広がる様子を、
ロゴそのものに織り込みました。
窓、内と外の世界、雨音、境界。
音がどこで鳴っているのか、
どこから聴こえてくるのかという距離感まで含めて設計しています。

「音ノ銀河」では、
無限大に広がる音を、軌道や惑星、渦の構造へと変換しました。
銀箔、円形の抜き、折りの構成、星座の展開。
一枚の中に収まるのではなく、
開いたとき、差し替えたとき、並べたときに、
世界が広がるように設計しています。

重要なのは、
毎回違う形を作ることではなく、
毎回違う音の性質に対して、
それぞれにふさわしい構造を見つけることでした。


【素材と加工】

紙や加工も、見た目を飾るためだけではなく、
音の質感を別の感覚へ置き換えるためにも使っています。

箔押しの光、
トムソンによる抜け、
エンボスの起伏、
トレーシングペーパーの透け感、
銀盤の反射、
紙の厚みや手触り。

それぞれのアルバムや楽譜に合わせて、
質感の選び方も変わっていきました。

「音ノ辞書」の箔は、辞書らしい静かな品格へ。
「音ノ雨」の箔や透け感は、雨や境界の気配へ。
「音ノ銀河」の銀や軌道の表現は、
無重力のような広がりへ。

視覚だけで完結させるのではなく、
手に取ったときの重さや、
角度によって変わる見え方まで含めて、
音の印象を支えるものとして考えています。


【世界観の展開】

この仕事は、CDジャケットだけでは終わりません。

ロゴが生まれ、
紙ジャケット、帯、ブックレット、CDレーベルへ展開し、
さらに翌年には楽譜として再構成されていくこともありました。

聴くためのものだった音楽が、
今度は弾く・吹くための本として別の形を得る。

一つのアルバムが、
発売の瞬間だけで終わらず、
CDから楽譜へ、鑑賞から演奏へと、
世界を広げながら続いていくのです。

その流れの中で、
装丁のルールやロゴの考え方も引き継がれます。
CDで生まれた印象が、
翌年の楽譜で別の質感として返ってくる。

世界観とは、見た目が似ていることではなく、
異なる媒体になっても、
同じ核が通っていることなのだと思います。

【広がっていく音の訳し方】

シリーズを重ねるごとに、
音の翻訳のしかたも少しずつ広がっていきました。

「風紡ぐ音の色」では、
和と洋の融合、風の筆致、
写真の中にすでにある流れを、
書の印象と曲線で支えました。

「Saxo-famille」では、
家の中で重なる音を、
アットホームな構図や水彩のやわらかさへ置き換えています。

「響きの森の音楽会」では、
現実と非現実、反転、反響、物語性を一枚の中に共存させ、
ジャケットだけでなく、物語冊子や楽譜へも
世界を接続していきました。

シリーズ化とは、同じことを繰り返すことではなく、
核を持ったまま、新しい訳し方を見つけ続けることでもある。
この仕事では、その変化も含めて関わらせていただきました。

【楽譜というもうひとつの入口】

楽譜のデザインは、
CDの延長ではありますが、
同時にまったく別の入口でもあります。

聴いていた音楽が、
今度は自分の手で追いかけるものになる。
弾く、吹く、読む、探す。
楽譜は、音楽との距離を変える媒体です。

だからこそ、
CDの世界観をそのまま繰り返すのではなく、
演奏する人のための見え方へと再編集しています。

「音ノ辞書」の楽譜では、
言葉や記号のように、曲の核を漢字一文字に集約しました。

「音ノ雨」の楽譜では、
雨の降り方を柄や流れへと展開し、
縦のリズムを紙面全体に通しています。

「音ノ銀河」の楽譜では、
軌道や月の満ち欠け、上下巻の構造まで含めて、
演奏の本としての世界を成立させました。

音楽を聴いた後に、
もう一歩内側へ入るための入口。
楽譜のデザインは、そのための役割も持っているように思います。


見えない音に、輪郭を与える。
手に取れない響きに、紙と構造を与える。

この一連の仕事は、
音楽を飾るためのデザインではなく、
音の世界を、もう一度別の感覚で受け取れるようにするためのデザインでした。

CDとして聴かれ、
楽譜として開かれ、
映像や演奏会、写真として記憶される。

音を触れられる形にしていく。
この世界観では、そのことを何度も考えさせてくれた仕事です。